浪人時代、その後

うつ病という診断をされ抗うつ剤を飲み始めた。すぐに効果が出るものではなくしばらく飲み続けなければならないらしい。飲み始めた翌日に今度は体が熱くなった感じというか、じくじくしてきた気がする。重篤な副作用な気がした。

急いで親に連絡するとまた病院に行けということだった。言われた通り病院に行って状況を話す。「そういう副作用はよくあることです」と返された。

 

しかしそれから、自分の死への恐怖は薄らいできた(というか、その後にまた何か騒ぎを起こした記憶がないといった方が正しいか)。一方で、長年悩まされていて、最近になって酷くなった虚無感や倦怠感は、薬をしばらく飲んでも改善されなかった。

薬がなくなったため、また病院に行った。症状がどうなったか尋ねられたのでよくなっていないことを話すと別の薬をまたしばらく飲むことになった。

 

しばらく通院し、薬の量も増えていったのだが(たしか一時期最大容量飲んでた気がする)、虚無感と倦怠感は良くならない。毎日予備校に通って勉強する、ただそれだけで辛い、そんなギリギリの状況が長く続いた。というかほとんど勉強していなかった気もする。机に向かってはいたが勉強に手がつかずスマホをいじっていたら一日が終わる、そんな日も多かった。

当然精神状態が良くなるはずもなく、飛び降りるのに手ごろなビルを探したりしていたのもこのころだった気がする(このブログでは事実の記録に重きを置いているのであまり情緒的な表現はしない方針なため、これ以上はこのことについては語らないが)。

しかし、受験も終盤戦が近づいてくると、一種の諦念が生まれてくる(一番ダメなやつじゃん)。そうしたら多少は精神的にも楽になった。

私は親が決めた大学を親が決めたとおりに受験し(この辺りに関してもいつか書きたい)、その結果現在通っている大学にのみ合格をいただいたというわけである。

受験中はどの学校を受けていても現実感が全くなくて、自分の人生に関わることなのに他人事のように感じた(これは現役の時もそうだったのだが)。よく今の大学に合格をいただけたなぁと思う。

 

さて、楽になってきてからのことである。

その前は良かった。診察に行って様子を聞かれれば「あまり変わらないです」と答えればよかったのだから。

しかし、少し楽になってきてから、私は病院でどう答えればいいのかよくわからなくなっていた。

本当にうまく表現できないのだが、確かに楽になってきてはいるのだが、「楽になってきました」と伝えるのは、どこか言わされているような感じがしたのだ。本質的な問題には抵触していないような。

 

ちょっと今頭が回っていないので自分の文章が客観的に読めない(寝れなかったのもあるが)。このへんでとりあえず終わりにする。